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サケノメ!ニッポン!

2021.11.12

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イラストレーターのサラさん。
日本酒業界では殊に名の知れた存在です。

ぐるぐる目玉のパンダ「サラパンダ」が「美味しいお酒をどうもありがとう」と日本酒を抱えているイラストは、サラさんの代名詞ともなっています。
そして当社の店頭にも、サラさんのイラストが何枚も彩り鮮やかに飾られています。

私がサラさんと出会って10年以上。
さまざまなシチュエーションで、数え切れないほどの時間と酒席を共にさせて頂きました。

日本酒のイベントで顔を合わすのはいつものこと。

東京の酒場で、隣を見たらサラさんがいた事もありました。
驚く私を「今頃気が付いたの?」とサラさんはからかいました。

四谷三丁目の名店「酒徒庵」を1日限定でジャックして「沙良庵」と名前を変え、サラさんが店長となって馴染みの客と蔵元を招き、酒宴を開いた事も1度ならずありました。
会がお開きになる直前に、我々蔵元が書いた色紙をオークションに掛けるコーナーは、いつも冷や汗ものでした(笑)。

サラさんの15周年を記念したパーティにお招き頂いたのも、とても嬉しかった思い出です。
出席した顔ぶれの多彩さに、改めてサラさんの人脈の広さを垣間見た思いでした。

上田を訪れたサラさんと上田の蔵元とで、深夜まで飲んで歌ったこともありました。

そして先日。
サラさんと私の共通の友人から送られてきたのは、サラさん制作の「2022 SAKE CALENDAR」でした(サラさんから直接でないところが何ともサラさんらしいです)。

カレンダーを1枚ずつ眺める私を驚愕させたのは、11月のイラストでした。
「和田龍登水」がそこにありました。

数多ある蔵元の中から「和田龍登水」を選んで描いて頂いた、そのサラさんの思いにどれだけ感激したか。

それが上の写真です。

パンダの両手には「和田龍登水」の、何と新旧のラベルが描かれています。

そしてパンダの頭の上には私が乗っています(笑)。

サラさん、本当にありがとうございます。
描いて頂いたイラスト、サラさんの思いとともに大切にさせて頂きます。

それでは、表紙に描かれたサラさんの名キャッチコピー「サケノメ!ニツポン!」と一緒に、今日も乾杯!!

ピンチをチャンスに。

2021.11.06

この冬の造りが始まりました。
今年も皆様に美酒をお届けできるよう頑張ります。
新酒第一弾は12月中旬頃に、恒例の「和田龍 純米搾りたて生原酒」を発売開始の予定です。
詳細は順次この欄でお伝えします。

さて、今日は弊社がお世話になっているガラス瓶業者の、営業の女性Nさんの話です。

当社担当の営業Kさんが、新人の女性Nさんを同行して訪れたのは約1ヵ月前の事でした。
しかしいざ名刺交換をしようとしたその時、迂闊にも彼女は名刺を切らしていました。

ちなみに東京に本社があるこの会社。
私は大変信用していて、折々でのケアも素晴らしく、相見積りを取った際にこの会社が若干高い時でも、トータルで考えてこちらに決めた事も一度ではありません。

それだけ信用している会社なので、名刺を切らしていた彼女に、あえて私は厳しく接しました。
初めての訪問で、しかも挨拶が目的であるにも関わらず名刺が無い、これではだめでしょう。
そうはっきりと伝えました。
彼女は何度も詫びながら、上司のKさんと当社をあとにしました。

しかしNさんの挽回はここから始まりました。

すぐに彼女から直筆のお詫びの手紙が届き、そこには「もしよろしければ受け取ってください」と名刺が添えられていました。

実は私は、あの場で彼女から感じ取った誠実さから、改めて名刺を郵送してくるのではないかと、何となく感じてはいました。
しかし、いざ実際に手紙が届いて、便箋に心のこもった手書きの長文が記されているのを読むと、予想以上に感激している自分がいました。

私はすぐにNさんに電話を入れました。
直筆の手紙がとても嬉しかったこと。
喜んで名刺を受け取らせて頂くこと。
そしてこれからもこのご縁を大切にさせてほしいこと。
以上を伝えました。

直後に上司のKさんにも電話をしてこの嬉しさを伝えると「彼女から名刺を郵送してもいいか相談があったので、ぜひそうしてみたらとアドバイスした」との事でした。

数日後、彼女から電話がありました。
長野県に営業に行くので、改めてご挨拶にお伺いしたいという申し出を、私は快諾しました。

当日、Nさんは上司のKさんを伴うことなく、もうひとり新しい営業の女性とともにやってきました。
彼女の誠意に今度はこちらが応えるべく、本当にわずかではありますが、いつも上司のKさんに出している瓶の発注を、彼女にお願いしました。

後日彼女から、私宛てにメールを送ったとの電話があり、メールを開くと、注文した瓶の納期だけでなく、他の種類の瓶の在庫状況までがびっしりと詳細に記されていました。

今回のこの一連の出来事によって、私の中では、Nさんのみならず、この会社そのものに対しての信頼も更に深まる結果になりました。
人と人とが繋がる素晴らしさや醍醐味を感じさせてくれたNさん、これからもよろしくお願い致します。

驚愕のラインナップ

2021.10.30

各地で緊急事態宣言が解除され、街に人が戻りつつあります。
当社にも多くのお客様がご来訪されるようになり、ありがたい限りです。
ただ、普段は喜んでお受けしているお酒の試飲をコロナ禍で中止させて頂いており、心苦しい限りですが今しばらくご理解頂ければ幸いです。

今日の話題はWOWOWからです。

送られてきた来月の番組表を見ていたら、驚愕のラインナップを発見しました。
何と「日活ロマンポルノ」屈指の名作の連続上映。
思わず鳥肌が立ちました。

プログラムは以下の通りです。

・「白い指の戯れ」

松田優作主演「遊戯」シリーズ、「野獣死すべし」、映画版「あぶない刑事」シリーズの村上透監督デビュー作。脚本は神代辰巳。

・「四畳半襖の裏張り しのび肌」

ロマンポルノの枠を越え邦画の大傑作といわれる「赫い髪の女」(原作は中上健次「赫髪」)を生み出した神代辰巳監督の「四畳半襖の裏張り」第2弾。

・「暴行儀式」

「遠雷」「探偵物語」「永遠の1/2」の根岸芳太郎監督作品。

・「犯され志願」

「桜の園」「12人の優しい日本人」の中原俊監督デビュー作品。

・「宇野鴻一郎の濡れて打つ」

「平成ガメラ」シリーズ、「デスノート」シリーズの金子修介の劇場初監督作品。本作は「エースをねらえ!」のパロディ。

・「ザ・マニア 快感生体実験」

「コミック雑誌なんかいらない!」「眠らない街 新宿鮫」「おくりびと」の滝田洋二郎監督作品。

・「天使のはらわた 赤い教室」 監督 曾根中生
・「天使のはらわた 名美」 監督 田中登
・「天使のはらわた 赤い淫画」 監督 池田敏春
・「天使のはらわた 赤い眩暈」 監督 石井隆(原作者)

説明不要!日活ロマンポルノが誇る、石井隆の劇画「天使のはらわた」を映画化した名シリーズ。

ね、凄いでしょう?

ちなみに私は大学時代、オールナイトで入った蒲田にっかつで滝田洋二郎の作品に出合い、濡れ場さえ描けばあとは自由な表現が許される「ロマンポルノ」の魅力にハマったのでした。

当時、「日活ロマンポルノ」よりもワンランク下に見られていた、いわゆる独立ピンク系からも、渡辺護や若松孝二や高橋伴明(高橋恵子の夫)といった、のちに数々の名作を生み出す名監督が暴れまくった、当時は成人映画黄金時代でした。

それにしてもWOWOW、よくぞこんな企画を実現してくれました。
全部録画だな。

お誕生会

2021.10.22

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同じ10月生まれの親友と、毎年ふたりのお誕生会を開いています。

今年の会場は、ふたりの共通の親友が営む、隣町東御(とうみ)市にある「とんちゃん家」。

ここで飲みたいがために、わざわざひとりで電車に乗って足を運ぶこともある名居酒屋です。

お互いを祝しながら乾杯。
ビールから日本酒へと杯を重ねます。

ほろ酔い気分になってきた頃、店主が「ふたりのお祝いに」とワインをプレゼントしてくれました。

初めて見るラベル。
カリフォルニアの「Au Bon Climat(オー・ボン・クリマ) シャルドネ」。
これが驚くほどの美味。
数多あるヴィンテージ・ワインを飲み尽くしてきた親友も大絶賛しています。
聞くと、店主が独自のルートで仕入れたワインとの事でした。

ふたりとも相当酔っぱらっていたにも関わらず、あまりの美味しさにあっという間に1本が空になりました。

夜も更けて、気が付くと店内は我々ふたりだけ。
楽しいひとときを過ごす事ができて、明日からも頑張ろうという活力が湧いてきた秋の夜長でした。

「岬」

2021.10.16

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私が最も好きな作家のひとりが中上健次です。

もう何十回読んだか分からない、中上健次の初期の代表作でもあり芥川賞受賞作でもある「岬」。
読み込み過ぎて、本は黄ばんでいます(そのため保存用のハードカバーをもう1冊持っています)。

そしてその「岬」を含め中上文学がいかに生まれ、そして変遷していったかを詳細に描いた、高山文彦の「エレクトラ 中上健次の生涯」を読むたびに、再び「岬」を読まずにはいられなくなります。

中上文学を語る上で切っても切れないれないもの。
生まれ育った紀伊半島、新宮・熊野の大地。
紙に書き出さねば理解できないほどの複雑な家系。
そして彼が被差別部落出身であるという出自。

この3つは中上文学の生涯のテーマでもあります。

「エレクトラ」を読むと、これらがいかに小説を書く熱い衝動として、中上健次を突き動かしていったかがよく理解できます。

46歳の若さで世を去った中上健次の足跡を追いたくて、彼の生地の新宮を2度尋ねました。
事前に新宮観光協会に何度か連絡を入れたところ、当日は思いも寄らず観光協会の方がお出迎え下さり、中上健次ゆかりの場所を案内して頂き、感激したことを思い出します。
あの時の空気、あの時の匂いが今も感じられるからこそ、中上文学をより深く感じられる自分がいます。

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