記事一覧

「登水(とすい)」

2009.02.28

「登水(とすい)」の新酒、いよいよ搾れました。
「登水・吟醸酒」「登水・純米酒」とも、今週上槽となりました。

おかげ様でどちらも素晴らしい出来に仕上がりました。

「登水・吟醸酒」は9号酵母らしいきれいな上立ち香が感じられ、また味わいは旨みがたっぷり乗って、なめらかで、山田錦の底力がしっかり感じられます。
新酒でこれだけ柔らかく味が乗っているので、これからもっともっと良くなるでしょう。
この「吟醸酒」、昨年までは「割水」してアルコール度数を15度台まで調整して出荷していたのですが、今年度はこのスタイルをそのまま味わって頂きたく、17度台の原酒のまま発売する予定です。

また「登水・純米酒」は、思いあって、昨年までのアルプス酵母から今年は9号酵母(厳密にはどちらも泡なしの901号酵母)に変えました。
それがズバリ当たって、香りは柔らかながら柑橘系のフルーティな芳香が上がり、また美山錦らしい、ふくらみある味わいときれいな酸との調和が口の中で踊ります。
含んだ瞬間はさり気ないシャープな酸が舌を刺激し、そしてそのまま口の中で転がしていると繊細な旨みが舌全体に広がっていきます。
こちらの「純米酒」は昨年から既に16度台の原酒のまま発売していましたが、今年度も引き続き原酒にて瓶詰めする予定です。

さらには、私が日頃から全幅の信頼を寄せる酒販店の若手経営者の方数名から、ぜひ初回だけでも「生酒」の状態で発売してみないかというご提案を頂きました。
これまで、私自身は「登水」はしっかりと火入れをして、落ち着いた状態で年間を通してその変化を楽しんで頂きたいと思っていたのですが、今回出来上がったお酒を利いてみて、そのご提案をぜひ前向きにお受けしていこうと思っています。

また詳細が決まり次第、このコーナーでアップさせて頂きます。
また通常の「登水」も、1年間の熟成をお楽しみ頂けるお酒として引き続き発売中です。
これからもご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。

「おくりびと」

2009.02.23

巷で話題になっている映画「おくりびと」、私もアカデミー賞受賞の一ヶ月ほど前に観て参りました。
傑作と思いました。
観ている間の2時間、涙が止まりませんでした。
泣き腫らした顔を見せるに忍びなく、映画が見終わったあと一番最後に席を立ったほどです。

私がこの映画を観たいと思ったのは、何より監督が滝田洋二郎だったから。
この監督の作品が大好きなのです。
しかし、これだけ重厚な題材をこうも見事に描き切るとは。
感服です。

滝田洋二郎の名前を初めて知ったのは私が学生時代、彼がまだ「にっかつロマンポルノ」で作品を撮っていた時でした。
当時の「にっかつロマンポルノ」は、のちにその名を馳せることになる数々の名監督が、低予算の限られた枠の中で、その実力を遺憾なく発揮して暴れまくっていた時代でした。
森田芳光、周防正行、根岸吉太郎、神代辰巳、村上透、相米慎二、中原俊・・・挙げればきりがありません。
「ロマンポルノ」という、ともすれば偏見の目で見られがちなジャンルの中で、「キネマ旬報」の邦画年間ベスト10に選ばれる良質な作品が多数輩出されました。
そんな中、滝田洋二郎という面白い監督がいるという情報が、いくつかの専門誌で見られるようになりました。
当時、暇さえあれば映画館に通っていた身でしたので、好奇心もあって初めて観た滝田作品、タイトルを記すのは控えますが、ロマンポルノという枠を越えたハチャメチャぶりに抱腹絶倒したのを覚えています。

その後滝田は、内田裕也が芸能レポーターに扮する「コミック雑誌なんていらない」で一般映画デビュー。
数々のヒット作品を量産し、今回の「おくりびと」を撮るに至りました。

さて、その「おくりびと」。
山崎務と本木雅弘の納棺師の師弟ふたりが死者を弔うオープニングがまず素晴らしい。
全編を通して「生と死への敬意と尊厳」が余すところなく描き出されているという映画評は随所で書かれているので、ここではあえて記しません。
私が思ったのは、とにかく端役に至るまですべての登場人物がしっかりと描かれていて、そしてその誰もが魅力的であったこと。

特にまず広末涼子。
本当に素敵でした。
彼女自身の数々のゴシップもあって、これまでは個人的にあまり良い感情はもっていなかったのですが、今回は冒頭から彼女の魅力に引き込まれました。
ラスト近くで「夫の仕事は納棺師です」と自分の気持ちを確認するように語るシーンは、ともすれば鼻に付いてしまいがちな台詞であったにもかかわらず、等身大の説得力を持って心に入り込んできました。

そしてもうひとり、山田辰夫。
既にベテランの域に入った彼ですが、私の中では山田辰夫といえばあの石井聰互監督「狂い咲きサンダーロード」で強烈なデビューを飾った、暴走族役のジン。
あのイメージがまだ脳裏に焼き付いています。
そんな山田辰夫が、妻に先立たれた夫役として、家を訪れた山崎務と本木雅弘に対して侮蔑の言葉を浴びせ、しかし死化粧を施された妻の美しさに号泣し、家を去るふたりに感謝の思いを語るシーンは、本木自身が「納棺師」という仕事の素晴らしさと魅力とに気が付いていく重要なシーンとして、観る者の心まで揺さ振るのです。

「おくりびと」、人間としての行き方を改めて考えさせられる佳作です。

米・米麹

2009.02.13

清酒の製造工程で分かりにくい点のひとつに、原材料の「米・米麹」がどの段階でどのような用途で使われるのかという事が挙げられます。
今回はこの点をざっと簡単に説明致します。

まず「米麹」とは何でしょう?
「米麹」とはお米に麹菌を繁殖させたものです。
最良の「米麹」を作り上げるために、蔵人はそのつど麹室(こうじむろ)の中で丸2日間ほど寝ずの番をして、徹底した乾湿管理と温度管理のもと、目指す品質を完成させます。

続いて、酒造りにおける原料米の処理過程を記します。

玄 米
 ↓
精 米:お米を削ります。
 ↓
洗 米:お米を洗って研ぎます。
 ↓
浸漬/水切り:お米を水に浸し、吸水させた上で、水を切ります。
 ↓
蒸 米:お米を蒸します。

ここまではどのお米も一緒です。
ちなみにそれぞれの過程に、それを行う大切な理由があるのですが、今回はそれは割愛します。

ここからお米は、その用途によって「麹米」と「掛米(かけまい)」とに分かれます。
以下の通りです。
・麹米:先程も説明した、米麹を作るための、麹を繁殖させるためのお米です。
・掛米:蒸して、そのまま使用するお米です。

さて、お酒の仕込みの一般的な方法は、まずもととなる酒母(前々回に説明)を作り酵母を大量に増殖させ、その酒母をもとにして今度はもろみを仕込みます。
その仕込み方法ですが、米麹・掛米・水とを3回に分けてタンクに入れ(酒母は初回に全量入れます)、最終的に目指す物量に満たしてそこからいよいよ本格的な発酵が進んでいくという過程をとります。

仕込みを三回に分けるのは、清酒のもろみは仕込み中に空気と触れている、いわゆる開放発酵であるため、一度に満量にしてしまうと、せっかく酒母中で増殖した大量の優良酵母と殺菌のための酸とが薄まってしまい、空気中の野生酵母に汚染されてしまう可能性があるからです。
そのためもろみの仕込み方法として、1日目(「初添え」といいます)、2日目は酵母の増殖を待つために1日休みを取り(「踊り」)、3日目(「仲添え」)、4日目(「留添え」)といった形で、優良酵母の絶対的な数的有利を保つ方法で物量を増やしていくのです。
この清酒独特の仕込み方法を「段仕込み」と呼びます。

整理します。
それぞれの段階で使用される「米」の用途を書き出してみます。

酒 母←酵母・乳酸(速譲系酒母の場合)・麹米・掛米・水
 ↓
<酒母の完成>
 ↓
もろみ
1日目:初添え←酒母・麹米・掛米・水
 ↓ 
2日目:踊り(酵母増殖のため1日休み)
 ↓
3日目:仲添え←麹米・掛米・水
 ↓
4日目:留添え←麹米・掛米・水
 ↓
(20~40日)
 ↓
搾 り

これも以前に書き込みましたが、清酒製造の大きな特徴として、ひとつのタンクの中で「糖化」と「発酵」が同時に進行する「並行複発酵」が挙げられます。
即ち、麹米に繁殖した麹菌が作り出す「糖化酵素」が、「掛米」を含む米の主成分であるデンプンをブドウ糖に分解し(デンプンはブドウ糖が鎖状に繋がった高分子化合物)、そしてそのブドウ糖を今度は微生物である酵母がアルコールと炭酸ガスに分解するのです。
このふたつの過程が同時に進行していきます。
なので、もろみ中ではまず最初に多量の糖が生成され、その後は糖が少なくなるのに反比例する形でアルコールが生成されていくのです。

ちなみに同じ醸造酒でも、ワインは原料のブドウそのものに糖がふくまれているので「糖化」の過程がいらない「単発酵」、ビールは原料が麦なので「糖化」と「発酵」両方必要ですが、それぞれの過程が独立して行われる「単行複発酵」、それぞれ違った発酵形式を取ります。

また先ほど触れた、清酒のもろみは空気に触れている「開放発酵」である点、これもまた清酒醸造の大きな特徴のひとつであるといえます。

しぼりたて生原酒

2009.02.07

ファイル 103-1.jpg

本年度の「和田龍純米無濾過しぼりたて生原酒」、季節限定で発売中です。

今年もいい出来です。
まず香りですが、顔を近付け深く吸い込むと、フルーティな芳香がふわりと感じられます。
柑橘系というよりは、バナナや桃を思わせる甘く優しい香りが、心地よく鼻腔をくすぐります。

続いてひと口含むと、まずは新酒ならではのフレッシュな軽快さが感じられます。
ほのかな渋味や苦味も合わさった新酒ならではの味わいが、さらりと舌の上を流れます。
そのあとすぐに、ふわりと柔らかな味わいが口の中いっぱいに広がります。
上品な甘さと適度な酸とがあいまったふくらみあるボディが、口の中で踊ります。
ゴクリと飲み込んだあとも香りと味わいの余韻が心地よくあとを引き、またひと口運びたくなること請け合いです。

この「しぼりたて生原酒」、今の時期でしたら鍋料理との相性は抜群です。
具財は肉でも魚でもどちらでもOK。
お出汁も含めて鍋料理が持つ力強さと、このお酒が持つ繊細かつ力強いスタイルとが見事にマッチする事と思います。
ふたつを合わせることによって料理とお酒、両方の味を引き立たせ、そしてお酒で口中を洗い流したあとはまたひと口、次の料理を運びたくなってしまうのです。

和田龍純米無濾過生原酒

・1.8L:2520円 / 720ml:1260円(どちらも税込)

・原材料:米・米麹
・精米歩合:70%
・使用酵母:協会901号
・アルコール度数:18.9度
・日本酒度:+3
・酸 度:2.0
・アミノ酸度:1.8

「夏の闇」

2009.01.31

ファイル 102-1.jpg

清水の舞台から飛び降りたつもりで購入してしまいました。
開高健「夏の闇・直筆原稿」。
限定700部。

何気なく朝刊を読んでいたらこの本発刊の記事を目にして、そうしたら居ても立ってもいられずに、発行元の開高健記念館まで問い合わせのメールを出していました。

ご存知のように開高健(かいこう・たけし/本名です)は日本を代表する現代小説の第一人者です。

サントリー勤務時代には、既に小説家としての片鱗を垣間見せる名キャッチコピーをいくつも生み出し、同時期、絵画の先生とそこへ通う生徒との交流を通して生徒の自己解放と現代社会への痛快なまでのアイロニティを描いた傑作「裸の王様」で芥川賞を受賞しました。

その後、朝日新聞の臨時特派員としてベトナムの戦地へ赴き、200名のうち生還者わずか十数名という壮絶な体験をもとに描いた3部作のうちの第2作が今回の「夏の闇」です。
ちなみに開高健はのちのエッセイで、「ベトナムで生き残れたことで、その後の人生は余禄と思っている」といった内容の発言をしていたと思います。

円熟期を迎えた開高健は、緻密で濃密な作品を発表する傍ら、自身の趣味でもある「食」「酒」「釣り」を題材とした良質なエッセイやノンフィクションを次々に執筆、時代の寵児として益々注目を浴びるところとなります。

「週刊プレイボーイ」で「風に訊け」というコーナーを受け持ったのもこの頃で、読者からの質問に開高健が痛快無比な回答を数々残したこのシリーズは単行本にもなっています。
私の記憶に残っているひとつとして「開高先生は血液型はお信じになられますか?」という質問に対して、「お信じにならない。血は信じるが型は信じない」。
思わず痺れました。

残念ながら癌を患い58歳の若さで急逝、しかしその功績は現代文学に多大な足跡を残し、氏が住んだ茅ヶ崎には「開高健記念館」が開設させています。

開高健が愛用の万年筆で記した原稿は、一文字一文字丁寧で読み易く、これもエッセイで読んだのですが、氏は小説の執筆に行き詰ると原稿を一々冒頭から丁寧に書き直していたそうです。
そしてその事によって、それから先の展開が思い浮かぶのだとか。

今回発行されたのは、そんな開高健の名著「夏の闇」の直筆原稿が全ページ再現された特別愛蔵版とのことで、在庫がまだある事を確認して早速申し込み、到着を指折り数えて待ちました。

そしてついに本が届いたその時、まず驚いたのはその大きさ。
正直なところ、直筆原稿に縮小を掛けたせいぜいÅ4判ほどのものと思っていたのですが、実際に届いたのは両手で抱えるほどの原稿用紙実寸大の大きなもの。
それが綴じられる事なく、一枚一枚独立した原稿用紙そのままの形で、しっかりと封をされて箱に入っているのです。
開ける時、思わず手が震えてしまいました(笑)。
そして丁寧に記された開高健の肉筆を目の当たりにして、開高氏の生前の息吹と、そして氏の作品と共に過ごしてきた私のたくさんの思い出とが瞬時に蘇った、そんな気がしました。

ページ移動