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馳せる思い

2021.01.30

このコロナ禍で、昨年の3月以降、首都圏に行けずにいます。

イベントもすべて中止。

大好きな酒販店さん、飲食店さん、そしてお酒を通じて知り合った皆さんにお会いできないのが本当につらいです。

そんな中でも、電話やメールでのご連絡やお酒のご注文を頂けると、そのつど感謝の思いで胸がいっぱいになります。

今度県外に出張できたら、このお店とこのお店に行こう、この人とこの人に会おう、なんて考えて、でもそれじゃ一週間あっても足りないじゃんなんて、妄想を膨らますこともたびたびです。

お世話になっている方に当たり前に会って、当たり前にお礼を言える幸せを、このような状況下で改めて噛み締めています。

昨年4月の緊急事態宣言下で購入した、都内の馴染みの酒場の一年間有効のペアチケットが、間もなく有効期限を迎えようとしています。

弊社の「新酒を味わう会」のゲストとして何度も来て頂いた演奏家の東京文化会館でのソロコンサートが昨年5月に中止になり、その振替公演がこの春開催予定です。

この状況下で、果たして行くことは叶うのでしょうか。

とにかく今は前を向いて頑張るのみです。
そしてお世話になっている多くの方々との再会に、思いを馳せ続ける自分がいます。

センセイ、頑張れ!

2021.01.22

浪人時代に机を並べた友人から久々に便りが届きました。

便りといってもただの便りではありません。
彼は某県の県会議員で、届いたのは彼の名前を冠した県議会だより「〇〇〇〇通信」でした。

彼は大学卒業後、実家に帰ったと聞いたまま、しばらく音信不通でした。

しかしある時、いきなり地元の県会議員になったと知らされ、驚く間もなく届いたのが彼の結構披露宴の招待状でした。

県庁所在地の一流ホテルで開かれた披露宴は、県知事をはじめとしたVIPが顔を揃え、「ここで何かあったら県政が麻痺するな」と、一緒に参加した予備校時代の親友と囁き合ったものでした。

しかもあまりの出席者の多さに舌を巻きながら、今我々がいる会場外のロビーがそのまま我々の席になるんじゃないか、などと心配したりもしました。

浪人時代からユーモア満載で、高校時代の同級生で今も一線級で活躍する某男性タレントにお笑いを教えたのは俺だと豪語する彼の言葉は、あながち嘘とは思えませんでした。

現に彼は披露宴の締めの新郎挨拶で、県知事はじめ居並ぶVIPを前に「近くにお越しの際は、迷惑なので決して家には来ないでください」と真顔で言ってのけました。

仕事で彼の県を訪れた際は、わざわざ時間を取って夜の一杯に付き合ってもくれました。

そんな彼ともしばし疎遠になりました。
そして、ずっと届いていた「〇〇〇〇通信」も、いつの間にか届かなくなりました。

しかし先日、その最新号がいきなり自宅へ届きました。
一体なぜ?

でも1面に映っている彼の写真は、30年以上前に机を並べていたそのままの姿でした。
そして文面から、彼が2女の父親であることも初めて知りました。

これだけ時間と距離が離れているのに、不思議と遠さは感じませんでした。
むしろ許されるのであれば、すぐにでも彼と話したい衝動に駆られる自分がいました。

Mくん、県会議員として脂が乗り切っている年齢ですね。
コロナ禍の中、奮闘している様子が伝わってきます。
これからも頑張ってください。
応援しています。
そして機会があれば、また会えることを楽しみにしています。
おたより、ありがとう!

「YMOって・・・」

2020.12.22

仕事中のトラックでラジオを聴いていたら、今日は「YMOが解散した日」なのだそうです。

そうか。
今日12月22日はその日か。

正式にはYMO「解散」ではなく「散開」ね。

私は浪人生活真っ只中でした。
YMO「散開」ツアーの最終日は日本武道館で、しかもこの日の観客はすべて無料招待でした。

このチケットが欲しくて、私は勉強そっちのけで神田の三省堂書店に備え付けられた応募用紙を百枚以上投函しましたが、結果はハズレ。

それから今日まで、このライブの模様はビデオやCDで擦り切れるほど観聴きしてきましたが、今観ても素晴らしいのひとことで、私のベスト・ライブに入る1本ですね。
今もこの日のライブCD「アフター・サーヴィス」は、頻繁に私の車でかかっています。

それにしても驚いたのは、ラジオの若い女性アナが「『YMO』って『イエローマジックオーケストラ』の略だって今、知りました」と語った事。
トラックの中で思わずのけぞってしまいました。
そうしたら男性のメイン・パーソナリティが「メンバーに坂本龍一さんがいたんですよ」なんて、凄まじい解説しているし。
ショックでしたが、世の中は移り変わっているんですね。

YMOはいつまでも不滅です。

「ニュー・シネマ・パラダイス」

2020.11.28

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奇跡です。

大・大・大好きな「ニュー・シネマ・パラダイス」が、30年の時を経て上映されました。

しかもピカピカの東宝シネマズ上田ではなく、私が小学校の頃から通い詰めた、上田の古くからある映画館で。

20代の時に公開されたこのフイルム。
東京の映画館で繰り返し観てはそのつど号泣し、翌年の我々の結婚披露宴では、BGMをすべてこの映画のサントラで埋め尽くさせてもらいました。

そして先日の夜、仕事の合間を縫って、妻と映画館へ駆け付けました。

公開当時の思いもあいまって、我々を含めて4人しかいない館内に甘えて、オープニングから、溢れる涙を拭くこともせず大号泣しました。

それにしても全編を通して流れるエンリオ・モリコーネの音楽はずるいよ。
それだけで涙腺が緩んでしまうから。

ちなみにこの映画館では、すべての作品が1日1回のみの上映で、この日のプログラムは「ニュー・シネマ・パラダイス」の他に、同じ監督・作曲家による「海の上のピアニスト」、そしてなんとフェリーニ特集。
すごいですよね。

気持ちが30年前にタイムスリップした、素敵なひとときでした。

NEO GEO

2020.11.21

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自分が世界一聴き込んだ、そんな自信があるアルバムがあります。

坂本龍一「NEO GEO」(ネオ・ジオ)。

大学3年生の時に買ったこのアルバムを、当時購入したばかりの4万円のミニコンポで、四畳半の自室で聴きまくりました。

例えば1曲目の「BEFORE LONG」は、楽譜を買って、大学のピアノでこっそり練習を重ねました。

2曲目のタイトル・チューン「NEO GEO」は、沖縄民謡とケチャとの融合という新しい坂本ワールドの誕生に、ただただ心震わせました。

4曲目の「FREE TRADING」は、曲の途中で数回だけ叩かれるドラムの音を聴くためにだけに耳を集中させました。

7曲目の「OKINAWA SONG」は、テレビの音楽番組でパリからの生中継で坂本はこの曲を演奏し、エッフェル塔の真下で沖縄の旋律が鳴り響く衝撃に、背筋に電流が走りました。

たった8曲しか入っていない短い、しかし濃密この上ないこのアルバムを機に、坂本は沖縄音楽ひいては世界の民族音楽への融合へと傾いていく事になります。

横浜・大阪・名古屋・東京で開催された「NEO GEO」ツアーも凄かった。

私は運よく初日の神奈川県民ホールの2列目で観る幸運に恵まれましたが、このライブがたった4公演しか行われないもったいなさと、そこに居合わせる事が出来た幸運に酔いしれました。

ちなみにこの直前、坂本龍一は「ラストエンペラー」でアカデミー賞作曲賞を受賞します。
そしてこれを機に、作風や曲調も大きな変化を遂げていくことになります。

そして今も「NEO GEO」は私のカーオーディオで鳴り響いています。

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