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器用さより誠実さ

2013.01.12

しばらく前に品川のグランドプリンスホテル高輪に泊まった時の出来事です。

チェックインの際、フロントで「本日は特別期間としてお部屋の冷蔵庫のドリンクが全てサービスとなっております」と、嬉しい言葉を頂きました。
心弾ませて部屋に入り、冷蔵庫を開けると・・・ん?空っぽ。
何も入っていません。

このホテルではしばらく前からドリンクの常備を取り止めており、いつもは冷蔵庫が空である事は知っていました。
ですので、これはフロントの勘違いとして受け流そうとしたのですが、どうも納得できません。

翌朝悩んだ末にオペレーターに電話を入れました。
出たのは、たどたどしい口調の若い男性でした。
「フロントに電話を回してください」
そんな私の依頼を、思いも掛けず彼はさえぎりました。
「もしよろしければ私にご用件をお話し頂けますか?」

正直、以外でした。
彼を単なるオペレーターと思い、しかもそのたどたどしい話し方から彼をサービスマンとして少し見下してしまった自分を、あとで私は大いに恥じる事になります。

それではと、私は事の顛末を彼に伝えました。
すると彼は「私がすぐにお調べ致しますのでしばらくお待ち頂けますか?」
そう言って電話を切りました。

再び電話が鳴ったのはわずか数分後の事でした。
彼はまず今回の不手際を詫びました。
その上で彼は続けました。
「お客様には間違いなく今回ドリンクのサービスが付いております。しかし清掃の者がドリンクを冷蔵庫に入れ忘れてしまったようなのです。これからすぐに冷蔵庫の補充に伺いたいのですがよろしいでしょうか?」

何より嬉しかったのは、彼の言葉ひとつひとつに間違いなく誠意とお詫びの気持ちが込められていた事です。

「事情は分かりました。全部のドリンクは要りません。今からミネラルウォーターだけ届けて頂けますか?」
そう伝えたあと、部屋のベルが鳴るのに時間は掛かりませんでした。

ドアを開けると、まだ初々しい黒服の男性がミネラルウォーターを持って立っています。
彼は丁重なお詫びとともに名刺を差し出したので見てみると「客室係」となっています。

「先ほど電話に出たのはあなたですか?」
「はい、私です」
「大変誠実で迅速な対応、ありがとうございました」

彼の気持ちに応えるために私も名刺を渡そうと彼を部屋に入るように言い、名刺を取って引き返すと、彼は靴を脱いで靴下姿でドアの内側に立っています。
これは客室係としての決まりなのでしょう。
しかしこのシチュエーションでは、そんな姿ひとつでさえも彼の誠実さの現われのような気がして、何だか心洗われる思いでした。

チェックアウトの際、もちろんこの一件はしっかりとフロントにも伝わっていました。
スタッフの女性が私の目を見てお詫びを述べるのを聞きながら、「クレームこそ最大のチャンス」という言葉を改めて思い返している自分がいました。
と同時に、上辺の器用さより、不器用でも誠実な姿勢こそが相手の心を動かす事を改めて実感した、そんな今回の出来事であり、客室係との出会いでした。

驚愕のスパゲッティ

2012.12.26

スパゲッティが好きです。
まあ、嫌いという方はそんんなにいらっしゃらないとは思いますが。
今日はそんなスパゲッティの楽しい(?)思い出です。

学生の頃、私が利用していた品川駅の近くにBというお店がありました。
メニューは全てスパゲッティ、価格は1,000円前後という、いわゆる街のちょっとオシャレなスパゲッティ屋でした。

その中の最も安いメニューとして、そのお店の名を冠した「Bスパゲッティ」というのがありました。
そして驚くことに、その1品だけが、何と「お代わり自由」!
学校からの帰宅途中に初めてそのお店に入った我々貧乏学生は、その文字に魅せられて、迷う事なく「Bスパゲッティ」を注文したのでした。

「Bスパゲッティ」、値段は確か780円だったと思います。
それでも当時の学生の懐具合からすれば高嶺の花の価格です。
はてさて、どんなスパゲッティが登場するだろう、そう胸をときめさせながら待っていた我々の前に現れたひと皿は・・・。

ソースも何もかかっていないただの麺。

しばし呆然・・・これは何かの冗談なのか。

いえいえ、決して冗談ではなかったのでした。
ソースなしの茹で麺を、隣に置かれた粉チーズとタバスコだけで食べなさい、これが「Bスパゲッティ」の正体だったのです。
これを食べ放題ったって、そんなに食べられるわけないし。

しかもこれで780円?
高いし。

仕方なく我々は、せめて元だけでも取ろうと心の中で泣きながら、粉チーズを大量に振りかけて、ほとんど味のない茹で麺に果敢に挑んだのでした。
それでもせいぜい3杯が限度でしたが。

ほどなくして我々は、ひとりが「Bスパゲッティ」を頼んで、もうひとりが普通のスパゲッティを頼み、そのソースを分けてもらうという裏技を覚えました(当時のスタッフの皆様、すみませんでした)。
また、ひとり何杯食べられるかという、「大食い選手権」の原点のような事にチャレンジしたりもしました。
何だかんだ言って、Bに結構通い詰める我々がいました。

でもそんなBもほどなくして姿を消しました。
お客様は結構入っていたと思ったのですが。

懐かしの「Bスパゲッティ」、今でも忘れられない思い出です。
それにしても、一体誰がどうやったらあんなメニューを考え付くのでしょう?

米長先生の思い出

2012.12.19

将棋の米長邦雄元名人がご逝去されました。
「名人」をはじめ数多くのタイトルを取り、昨今は日本将棋連盟会長として粉骨砕身されてきた将棋界の重鎮でした。

盤外でも数多くの名言を残し、中でも「相手にとって重要で、自分にとってはどうでもいい対局こそ、全力で相手を倒しに行かなければならない」という米長哲学は、多くの棋士のみならず我々将棋ファンにも多大な影響を与えました。

私自身が米長先生にお目に掛かった事は2度あります。

1度目は、東京千駄ヶ谷にある将棋の総本山、日本将棋連盟の特別対局室にて、対局を拝見した時です。
実は結婚前、将棋を全く知らない妻に、対局中のプロ棋士の美しさをぜひひと目見せたいと思い、ダメもとで日本将棋連盟に対局観戦のお願いの手紙を出したところ、何とOKのお返事を頂いたのでした。

当日緊張とともにフロア一番奥の特別対局室に通され、その時目の前で対局していたのが、当時王将戦のリーグ戦を戦う米長先生と森けい二先生でした。
たった5分ほどの観戦でしたが、おふたりの凛とした美しさは妻ともども今でも脳裏に焼き付いています。

2度目は、米長先生が上田市民会館で講演をされた時でした。
私と妻は米長先生に会いたい一心で、何のアポも取らずに会場へ出向き、「米長先生のファンです。会わせて下さい」と係の方にお願いして、先生の控え室への突入に成功。
その時米長先生は嫌な顔ひとつせずに我々に応対して下さり、そっと差し出した色紙にサインとともに素敵なひと言を添えて下さったのでした。

「化粧より微笑み」。
そう記された色紙は今も私の書斎に大切に飾ってあります。

絶品の「芝浜」

2012.12.15

クラシックの「第九」に匹敵する落語の年末の代名詞「芝浜」。
私も大好きな人情噺ですが、先日、久々に絶品の「芝浜」を聴くことができました。

立川談慶。

上田市出身で、慶応大学を出たあとワコール勤務を経て立川談志へ入門したという変わった経歴の落語家です。
でもその実力は正統派。
東京はもとより地元長野県も大事にし、その高座の数に比例して評判も年々うなぎ登りです。

今回聴いたのは、上田市でしばらく前に閉館したレトロな映画館「上田映劇」で開催された立川談慶独演会でした。

ちなみにこの映画館は、小学生の時観て大感動した「タワーリングインフェルノ」をはじめとして今日に至るまで、数多くの映画に邂逅する事ができた、私にとっても思い出のハコです。
古い映画館ゆえ決して空調も万全とはいえない中始まった独演会は、まずは「金明竹」「看板のピン」の2席のあと、中入りを経て、いよいよ本日のメイン「芝浜」。

素晴らしかったです。
鳥肌が立ちました。

まず何より、今まで聴いてきたどの「芝浜」よりシャープで、情景や人物描写のメリハリに優れ、まさに「エッジが立っている」という表現がピッタリの熱演でした。

そして登場人物の存在や言動を徹底的に掘り込んで独自の解釈を持たせ、噺に一段の説得力を持たせて観客をぐいぐいと引きずり込んでいく、まさに立川流の真骨頂を見た思いでした。

「夢になっちゃいけねえ」というサゲを聴いた瞬間、惜しみない拍手を送り続けた今回の「芝浜」、立川談慶という落語家の大きな成長を感じさせる素晴らしい一席でした。

師匠、これからも追い掛けますよ。

「哲ねこ七つの冒険」

2012.12.01

いつも一家でお付き合いさせて頂いているご近所のKさんファミリー。
お嬢様のAさんが息子と同じ高校の1年生です。

そのAさんが大の本好き。
読書量と速度は大人顔負け、驚くべきものがあります。

しばらく前には、私が読了したばかりの古典ミステリーの傑作、サラ・ウォーターズの「半身」を渡したところ瞬時にして読み終えてくれたり、私が薦めた開高健をすぐに図書館で探し当ててくれたりと、本を通じての楽しいキャッチボールを楽しむ毎回です。

そんなAさんが小さい頃から思い入れのある一冊として挙げたのが「哲ねこ七つの冒険」(飯野真澄著)でした。
早速彼女から借り受け、児童文学としては異例の400ページ超というぶ厚い一冊を読み始めました。

主人公の女の子とお母さんが旅先の黒姫高原で迷い込んだ不思議なねこたちの世界。
そこでは哲学を語るねこ、すなわち哲ねこたちが、ふたりを素敵な哲学の冒険の世界に誘います。

いやあ、面白かったです。
児童文学という枠を越えて、女の子とお母さんが成長していく姿に胸躍らせ、最後は思わずホロリとしてしまいました。

七つの冒険で出てくる哲学者のパロディも秀逸で、アリストテレスから始まって、途中ハイデガーまで登場した時は驚きで思わずのけぞってしまいました(笑)。

昨夜その本をAさんに返却したのですが、その際せっかくだから私からも何か本をプレゼントしようと、悩むことしばし。
同好の士へ贈り物を選ぶ時間は、まさに至福のひとときです。

迷った末に選んだのは「武士道シックスティーン」「武士道セブンテイーン」「武士道エイティーン」(誉田哲也著)の3部作。
刑事小説を専門にしていた筆者が初めて手掛けた青春小説で、最後のページを閉じた瞬間、不覚にも私は泣いてしまいました。
映画化された時も真っ先に観に行きましたし、私の大のお気に入りのシリーズです。
Aさんにも気に入って頂けると嬉しいな。

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