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軽井沢のお気に入り

2009.04.25

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いよいよゴールデンウィークに突入します。
私が住む上田市から車で45分ほどの軽井沢の街も、全国からの観光客で今年もまた大盛況を呈する事と思います。
そんな中、私が大のお気に入りのお店をご紹介します。

軽井沢というと、最近はまず軽井沢駅の裏手に位置する広大なプリンスのアウトレットを思い浮かべる方が多いかと思います。
しかし今回ご紹介するのは、昔ながらの軽井沢の面影を残す旧軽井沢の街の中の1軒です。

軽井沢駅に降り立ち、駅前の大通りを出て直進、道々に広がるお店を楽しみながら歩くこと20分ほどで旧軽井沢のロータリーにぶち当たります。
そこから始まる、連休ともなると立錐の余地もなくなるこの旧軽井沢の町並みの、その一番奥に「茜屋珈琲店」はあります。

「茜屋珈琲店」と大きく書かれた趣のある看板を目印に、ずっしりとしたドアを開けて中に入ると、まず目に入るのは奥行きのある一枚板の長いカウンター。
そのカウンターのうしろには、6人は掛けられる大きなテーブル席がいくつもあります。
どこに座ろうか考える間もなく、店主の大谷さんやスタッフの皆さんが「いらっしゃいませ」と声を掛けてくれて、暖かな笑顔とともに、人数や客層に合わせて座る場所の相談に乗ってくれます。

このお店のメニューはメインのコーヒーと紅茶、そしてアイスココアとオレンジジュースとグレープジュースと2種類のケーキのみ、生粋の喫茶店です。
そしてカウンターの奥を見ると、棚に飾られた数えきれないほどのブランド物のティーカップ。
ウエッジウッド、ジノリ、ロイヤルコペンハーゲン・・・それは壮観な眺めです。
オーダーを出すと店主の大谷さんはそのティーカップ&ソーサーの中からひとつを選び、そこにじっくりと時間を掛け丹精込めてコーヒーを注いでくれます。
そして出されたコーヒーをすすりながら過ごすしばしの時間が、心安らぐ至福のひとときです。

ちなみに私は先日、日曜の午後にたまたま数時間だけ時間が空き、煮詰まった頭をどこかでリフレッシュしようとしばし考えて、気が付いたらただ「茜屋」さんのコーヒーを飲むためだけに、軽井沢に向けて車を走らせておりました。
軽井沢へ向かう途中の春の信州の景色、茜屋さんでの美味しいコーヒーと居心地よい空間、そして軽井沢の街の空気、すべてがあいまって、心洗われる素敵な時間を過ごすことができました。

そして帰り道には、旧軽通り中ほどに向かい合って位置する「浅野屋」か「フランスベーカリー」でパンを山ほど買い、時間があればロータリー横の「川上庵」か「酢重本店」で食事をするのが私の定番です。

また、軽井沢駅から旧軽井沢へ向かう途中の大通りには、当HPでもリンクを貼らせて頂いている「JAP工房」(当ブログ2008/6/7掲載)の軽井沢支店に当たる「SIN/GUILD UNIT CLUB」があり、ここにも必ず顔を出して、新作のシルバーや洋服を眺めながら、スタッフの皆さんとの楽しい会話に花を咲かせています。

神田将リサイタル

2009.04.13

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日頃から敬愛する日本のエレクトーン演奏の第一人者、神田将(ゆき)さんの毎年恒例のリサイタルに、今年も行って参りました。

エレクトーンと言われて、大抵の方は例えば結婚式などで弾かれるあのモコモコとした音と姿とを想像されると思いますが、現代のエレクトーンは全くの別物。
たった一台のエレクトーンで、例えば交響曲のフルオーケストラのすべての楽器の一音一音まで、繊細かつダイナミックに表現し得る最先端の楽器なのです。
「百聞は一見にしかず」、初めてその音色を聴いた方は、たった一台の楽器からどうしてこのような何十何百もの音が華麗にそして繊細に奏でられるのか、その圧倒的な表現力にきっと驚愕されると思います。

かくいう私も、数年前初めてコンサートに足を運んだ時の、あの衝撃は忘れません。
満席に埋まった東京のホールで、1曲目の「オペラ座の怪人」の最初の数小節が鳴り響いた瞬間、エレクトーンという楽器の凄さに、しばし呆然としてしまったものでした。

さて、そんな神田将さんのリサイタルが、今年も東京御茶ノ水のカザルスホールで開かれました。
今年で4回目になるこの定期コンサート、毎年神田さんが手を変え品を変え、様々なジャンルの音楽を選び抜いて演奏するその姿を楽しみに、今年もホールはたくさんのファンの方々に包まれました。

この日演奏された曲目は以下の通りです。
・交響曲「禿山の一夜」ムソルグスキー
・アヴェ・マリア シューベルト
・オペラ座の怪人 アンドリュー・ロイド・ウェバー
・カンタータ147番より「主よ人の望みよ喜びよ」
・歌劇「運命の力」序曲 ヴェルディ
・ブエノスアイレスの夜(タンゴの名曲)
・さくら(日本古謡)
・リバーダンス(タップダンス劇より)
・「レクイエム」より"リベラ・メ" フォーレ
・組曲「仮面舞踏会」より"ワルツ" ハチャトゥリアン
・バレエ音楽「三角帽子」より"終幕の踊り" ファリャ
アンコール1
・「篤姫」のテーマ
アンコール2
・とりのうた

ね、何だか楽しそうでしょう?
この日も神田さんの軽快なスピーチともに、あっという間の2時間が過ぎていきました。

個人的に印象深かったのはフォーレ「レクイエム」の第6曲「リベラ・メ」。
以前から大好きなフォーレの「レクイエム」、そのハイライトを飾るバリトンと合唱とが絡み合うこの名曲を神田さんがどう料理して演奏するのか、プログラムを見た瞬間から心躍らせておりました。
そして冒頭から荘厳さと厚みとに満ちたその「リベラ・メ」は、もちろん歌は入っていないのにも関わらず、フォーレの思いを余す事なく伝えんとする神田さんの思いと共に、聴く者の胸に熱く伝わって参りました。

まだまだ耳にした方が少ないであろう現代エレクトーンの世界、神田将さんは演奏で全国を回っています。
もし機会があればぜひ一度触れて頂くことをお薦め致します。
ちなみに長野県では、9月27日(日)に軽井沢大賀ホールにて開催されます。

http://www.yksonic.com/index.html
 神田将ホームページ

「おくりびと」

2009.02.23

巷で話題になっている映画「おくりびと」、私もアカデミー賞受賞の一ヶ月ほど前に観て参りました。
傑作と思いました。
観ている間の2時間、涙が止まりませんでした。
泣き腫らした顔を見せるに忍びなく、映画が見終わったあと一番最後に席を立ったほどです。

私がこの映画を観たいと思ったのは、何より監督が滝田洋二郎だったから。
この監督の作品が大好きなのです。
しかし、これだけ重厚な題材をこうも見事に描き切るとは。
感服です。

滝田洋二郎の名前を初めて知ったのは私が学生時代、彼がまだ「にっかつロマンポルノ」で作品を撮っていた時でした。
当時の「にっかつロマンポルノ」は、のちにその名を馳せることになる数々の名監督が、低予算の限られた枠の中で、その実力を遺憾なく発揮して暴れまくっていた時代でした。
森田芳光、周防正行、根岸吉太郎、神代辰巳、村上透、相米慎二、中原俊・・・挙げればきりがありません。
「ロマンポルノ」という、ともすれば偏見の目で見られがちなジャンルの中で、「キネマ旬報」の邦画年間ベスト10に選ばれる良質な作品が多数輩出されました。
そんな中、滝田洋二郎という面白い監督がいるという情報が、いくつかの専門誌で見られるようになりました。
当時、暇さえあれば映画館に通っていた身でしたので、好奇心もあって初めて観た滝田作品、タイトルを記すのは控えますが、ロマンポルノという枠を越えたハチャメチャぶりに抱腹絶倒したのを覚えています。

その後滝田は、内田裕也が芸能レポーターに扮する「コミック雑誌なんていらない」で一般映画デビュー。
数々のヒット作品を量産し、今回の「おくりびと」を撮るに至りました。

さて、その「おくりびと」。
山崎務と本木雅弘の納棺師の師弟ふたりが死者を弔うオープニングがまず素晴らしい。
全編を通して「生と死への敬意と尊厳」が余すところなく描き出されているという映画評は随所で書かれているので、ここではあえて記しません。
私が思ったのは、とにかく端役に至るまですべての登場人物がしっかりと描かれていて、そしてその誰もが魅力的であったこと。

特にまず広末涼子。
本当に素敵でした。
彼女自身の数々のゴシップもあって、これまでは個人的にあまり良い感情はもっていなかったのですが、今回は冒頭から彼女の魅力に引き込まれました。
ラスト近くで「夫の仕事は納棺師です」と自分の気持ちを確認するように語るシーンは、ともすれば鼻に付いてしまいがちな台詞であったにもかかわらず、等身大の説得力を持って心に入り込んできました。

そしてもうひとり、山田辰夫。
既にベテランの域に入った彼ですが、私の中では山田辰夫といえばあの石井聰互監督「狂い咲きサンダーロード」で強烈なデビューを飾った、暴走族役のジン。
あのイメージがまだ脳裏に焼き付いています。
そんな山田辰夫が、妻に先立たれた夫役として、家を訪れた山崎務と本木雅弘に対して侮蔑の言葉を浴びせ、しかし死化粧を施された妻の美しさに号泣し、家を去るふたりに感謝の思いを語るシーンは、本木自身が「納棺師」という仕事の素晴らしさと魅力とに気が付いていく重要なシーンとして、観る者の心まで揺さ振るのです。

「おくりびと」、人間としての行き方を改めて考えさせられる佳作です。

大賀ホール「春の音楽祭」

2009.01.17

ソニーの名誉会長・大賀典雄氏が私財を投じて軽井沢町に建造したコンサートホール、その名も「大賀ホール」、ゴールデンウイークに開催される毎年恒例の「春の音楽祭」、今年のラインナップは?と思いHPを覗いてみると、オーケストラの指揮が小林研一郎である事を発見し、「おっ」と思ったのでした。

ちなみにこの「春の音楽祭」、オーケストラをはじめとして、バイオリンやピアノのソロ、ウイーン少年合唱団によるコーラス、あるいは昨年は布施明で今年は渡辺貞夫などポップスやジャズ、連日様々なジャンルのコンサートが開催されます。
そうそう、大賀典雄氏ご本人もその中の1日で、オーケストラの指揮を振るのも恒例です。

そんな多彩なプログラムからオーケストラ編成によるコンサートはというと、2年前は金聖響、昨年は大友直人という名だたる指揮者が登場しているのですが、今年登場の小林研一郎、彼は私がまだ東京にいた頃、大好きで本当によく足を運んだ指揮者のひとりでした。
当時はまだお金がなくていつも一番安い席でしたが、それでも小林研一郎が生み出す演奏のダイナミズムと繊細さは、彼が演奏中に実際に吐き出す大きな息の音と共に、心の奥にいつも大きなインパクトと感動を残しました。

とりわけ思い出に残るのは、十八番であろうベルリオーズ「幻想交響曲」、チャイコフスキー「交響曲第5番」、マーラー「交響曲第2番<復活>」あたりでしょうか。
特に二十歳を過ぎた頃、東京文化会館とサントリーホールで連夜聴いたマーラーの「復活」はそれはそれは素晴らしく、不覚にも涙がこぼれそうになったのを覚えています。
余談ですが、小林研一郎は愛棋家としてもつとに有名で、その時は彼と交流のある将棋棋士の青野照市九段が私の隣に座っていて、恐る恐る声を掛けたのもいい思い出です。
また、今では随分とメジャーになったカール・オルフ「カルミナ・ブラーナ」を、まだまだ巷に知られていない頃から演奏していたのも小林研一郎ではなかったかと思います。

上田に帰ってきてからは久しく聴きに行っていない小林研一郎の名前を、思いも掛けず身近な会場で発見して、できればぜひ足を運んでみたいと思っています。
まだ曲目等は発表されていませんが、誰のどの曲を振るのでしょうか。

信濃グランセローズ

2008.11.22

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2年前に発足した、北信越の6チームが競うBCリーグ(ベースボールチャレンジリーグ)、我が長野県では地元球団として「信濃グランセローズ」が活躍しています。
先日、私もPTA役員を務める地元の小学校に、「PTA講演会」の講師としてその「信濃グランセローズ」をお招きしました。
私が初めて球団にお声掛けしたのがちょうど1年前、球団からご快諾の返事とその後も大変誠意あるご対応を頂き、1年越しの準備を重ねてようやく迎えた今日この日でした。

お越し頂いたのは球団社長の三沢今朝治氏、そして選手を代表してピッチャーの小高選手・キャッチャーの中村選手・内野手の市川選手の3名でした。

ちなみに「PTA講演会」は普段は保護者のみを対象として行われるのですが、この日はせっかくこのようなゲストが来るのだからと、子供たちも一緒に参加しての開催となりました。

最初は三沢球団社長により、「夢をあきらめない」というタイトルでご講演を頂きました。

その三沢球団社長ですが、現役時代は東映→日拓→日本ハムで活躍され、その後は日本ハムファイターズのフロントに就任、中でも球団を北海道に移転させた時の中心人物として名を馳せていらっしゃいます。
また新庄が日ハム入りする際に最初にコンタクトを取ったのもこの方です。

タイトルの「夢をあきらめない」、これは信濃グランセローズの選手たちがいつかNPB(日本野球機構・いわゆる日本のプロ12球団)でプレーすることを夢見て日々どん欲に野球に取り組む姿勢を紹介しながら、また三沢社長ご自身のプロ生活を振り返りながら、皆さんも夢をあきらめないで頑張って下さい!という熱いエールによって締められました。

続いて今度は現役の選手3名が登場して、子供たち相手にミニ野球教室が開かれました。
まずは保護者も参加してのストレッチ教室、小高投手の巧みな話術に場内は既に湧いています。
そのあとは野球の基本ともいえるキャッチボールを見本を見せながら指導。
そしてバッテリーが実際にストレートや変化球を織り交ぜながら投球を披露して、そのスピードと迫力に場内からは歓声が上がりました。
さらには代表の児童たちがステージに登って、ゴロの裁き方、素振りの仕方など、選手からマンツーマンで教わったのですが、ここでも場内を飽きさせない選手の皆さんの話術で、皆が一体となって楽しむことができました。

最後は会場の出口で球団社長と選手の皆さんが子供たちとハイタッチ、楽しいひとときがあっという間に過ぎていきました。

日頃はなかなか触れ合うことができない本物のスポーツ選手と触れ合えたこのひとときは、子供たちにとっても貴重な思い出となると思います。
と共に、来季はまた少しでも球場に足を運ぶ親子が増え、信濃グランセローズ、ひいては長野という地域がより活性化することを願っています。

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