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新宮市 お燈まつり

2011.01.29

紀伊半島のほぼ先端に位置する和歌山県新宮市。
海と山とに囲まれた人口約3万のこの小さな街で、今年も2月6日に「お燈まつり」、別名「火まつり」が開催されます。

私が新宮市を知るきっかけとなったのは、現代文学の中でも最も好きな作家のひとり、中上健次(なかがみ・けんじ)がここ新宮出身だからです。

中上健次。
新宮の被差別部落に生まれ、複雑な家系のもとで育った中上は、46歳でその短い生涯を閉じるまで、一貫して「地と血への回帰」をテーマとした重厚な作品を次々に発表しました。

若い頃は羽田空港で肉体労働に従事する傍ら、もっぱら喫茶店の片隅で作品を書き上げ、そのスタイルを自ら「喫茶店文学」と呼びました。
その才能は、中上自身の家系を色濃く反映させた自然主義的小説「岬」で戦後生まれの作家として初めて芥川賞を、さらにはその続編「枯木灘」でも数々の賞を受賞してから一気に開化しました。

彼の初期の作品「十八歳、海へ」「十九歳の地図」「蛇淫」は映画化され(「蛇淫」の映画名は「青春の殺人者」)どれも高い評価を得、またそれに続く「火まつり」は中上本人がシナリオを書きました。

一方、新宿ゴールデン街を根城とする酒や喧嘩に明け暮れる破天荒な日々も、これまた中上のもう一方の姿でありました。

故郷新宮で毎年夏に「熊野大学」と名付けたセミナーを開講し、作家としてもいよいよこれからもう一皮向けようとした矢先、しかしガンのため中上は46歳の短い生涯を閉じました。

中上の作品に頻繁過ぎるほど登場し、彼のすべての作品の土台ともなっている新宮の街をぜひ見てみたいと、妻とふたりで2年続けて新宮市を訪れたのは10年ほど前の春でした。

初訪問の際は、事前にあれこれ電話で質問をした新宮市役所観光課の方が思いも掛けず新宮駅で待っていて下さり、大変驚くとともに大いに感激致しました。
その方の案内で、作品に登場する新宮の街々、中上健次記念館、中上健次の墓、そして「お燈まつり」の舞台でもある神倉山中腹に位置する神倉神社等々をじっくり時間を掛けて回ることができました。

そして翌年2月6日、「お燈まつり」当日に新宮を再び訪問しました。

そぼ降る雨の中、昼間から松明(たいまつ)を持った白装束の男たちが松明を打ち合いながら街を練り歩いています。
そして夕刻を告げる頃、彼らは次々に山の中腹にある神倉神社の境内を目指して、その急な石の階段(本当に凄まじいほどの急階段です)を登り始めます。

日が暮れると神倉神社では、二千人分の松明に次々に火が灯されます。
その日に限って一般客は入山が禁止されているので、山の中腹で煌煌と燃え上がる炎を麓から見上げる事になるのですが、その光景は圧巻です。

そして午後8時。
神倉神社の門が解き放たれると同時に、男たちがいっせいにその急な石段を松明を持ったまま駆け降りてきます。
勢い余って転倒する者、怪我をする者も続出で、これこそこの祭りが「男まつり」と呼ばれる所以です。
滞まることを知らない、駆け下りてくる男たちの群れと彼らが手にした松明の火に、この祭りの真髄を見る思いがするのです。

今年も一週間後の2月6日、お燈まつりが開かれます。
あの日観光課の方から贈られた新品の松明を眺めながら、当日は私も遥か彼方の新宮の地に、そして中上健次の魂に、思いを馳せる事になるでしょう。