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棋士、瀬川晶司と久保利明のこと

2020.07.18

将棋の藤井聡太七段が棋聖のタイトルを獲得しました。
最年少記録を打ち立てての奪取は間違いなく快挙です。

近年、将棋界の枠を超えて社会現象にもなった話題はいくつかありました。

その中のひとつが、元奨励会三段の瀬川晶司が前代未聞のプロ棋士編入試験に合格というニュースでした。

当時は奨励会という狭き門を抜けるしかプロ棋士にはなれなかった時代に、新たな道を切り開いた画期的な出来事でした。

今日はこの瀬川晶司の自伝を映画化した「泣き虫しょったんの奇跡」について語ります。

ストーリーを簡単に記せば、プロ棋士の養成機関である奨励会へ入会した「しょったん」こと瀬川晶司が26歳という年齢制限に阻まれて、志(こころざし)半ばに一度は挫折。
しかしアマチュアに戻った瀬川がプロ相手に脅威的な勝率を上げた事から前代未聞の「プロ棋士編入試験」が認められ、「プロ相手に6戦中3勝」という条件を見事にクリアし合格するという奇跡を描いた自伝です。

当時、アマチュア瀬川晶司がプロ棋士を次々と倒していく中で、「プロ編入試験」への大きな鍵を握る1勝となったのが、A級八段久保利明(現九段)に対しての勝利でした。

その頃はアマチュアがA級八段に勝つこと以前に、A級八段との対局が実現する事すら夢物語と思われていた時代でした。

しかし瀬川は「銀河戦」というテレビ棋戦でプロ棋士を次々となぎ倒し、ついに久保八段と顔を合わせる事となります。

しかしここでも、私も含めて誰もが久保先生の圧勝を疑わない中、瀬川は堂々たる勝利を収めます。
私はその対局をリアルタイムで観ていましたが、「投了」の意志を告げるために無言で頭を下げそのまま沈黙を貫く久保八段の胸中やいかに、さぞかし悔しさと自責の念が心を渦巻いている事とその心中を察していました。

そんな久保先生に大いに驚き感動し涙したのは、映画「泣き虫しょったんの奇跡」を観た時です。

クライマックス、瀬川が久保八段に勝つシーンを、何と久保先生本人が演じているのです。

最初は我が目を疑いました。
まさか、あの屈辱的なシーンを久保先生ご自身が演じるはずがない。
しかし映画で、松田龍平演じる瀬川と対局し、最後に「負けました」と告げたのは、まごう事なき久保利明本人でした。

映画のため、ひいては将棋界の興隆のため、棋士人生の傷ともなり兼ねなかった過去の自分を演じる久保先生のその男気、生きざま・・・自然と涙が溢れ、思わず「かっこいい」と呟く自分がいました。
もう一度言います。
久保利明先生、かっこいい!!

自身の手で自分の人生を切り開いた瀬川晶司六段はもちろん大好きですが、この映画を観て、久保利明九段の事も、もっともっと好きになりました。

なお久保先生は「プロ編入試験」で第3局の試験官となり(この人選をした当時の米長理事長も凄いですが)、しっかりと勝利し、瀬川に借りを返した事を付記しておきます。

ちなみにこの「泣き虫しょったんの奇跡」、他にも多くの棋士が出演していて、それを探し出すのも一興です。
特に、瀬川が3勝目を上げて合格を決める相手の棋士、高野秀行六段を、このたび藤井聡太が更新するまで最年少タイトルの記録保持者だった屋敷伸之九段が演じていたのは白眉でした。
それと将棋界のエンターテナー神吉宏光七段が、本人役で、瀬川と対局をした時と全く同じ、どピンクのスーツで登場したのには当時を思い出して爆笑してしまいました。

なお瀬川晶司先生ご本人は出演していません。

「ジャズと爆弾」

2020.07.11

前回、中上健次を取り上げました。

高校時代、中上健次と村上龍の対談集「ジャズと爆弾」(文庫化される前のタイトルは「俺たちの船は、動かぬ霧の中を、纜を解いて」)を、それこそボロボロになるまで読み込みました。

ふたりの会話で登場するジャン・ジュネ、セリーヌ、マルキ・ド・サドをはじめとする数々の作家の名前に私も影響を受け、授業をさぼって読み耽りました。

進学した大学では、図書館の片隅で埃をかぶっているセリーヌ全集を偶然見付けて、興奮冷めやらぬまま連日館内に釘付けにもなりました。

対談の中で、村上龍のデビュー作のラストに登場する「限りなく透明に近いブルー」な空を、中上が「俺も見たことがある」と語るくだりは全身に鳥肌が立つ思いで、「徹夜したあと、夜明け前のほんの一瞬だけ見える」そのブルーを自分も見てみたいと思いました。

村上龍が初メガホンを取った同作「限りなく透明に近いブルー」は場末の名画座で観ましたが、大学生の僕をしても駄作と分かるひどい代物でした。

そして続いて村上龍が監督した「だいじょうぶマイ・フレンド」(日比谷スカラ座という大箱で公開されて驚きました)は、これまた大駄作・・・ではあったのですが、主演デビューを飾った広田レオナの初々しさと、彼女が歌う主題歌のポップな明るさに救われた、摩訶不思議なSFファンタジーでした。
でも何といってもこの作品の一番の驚きは、あのピーター・フォンダが出演していたことに尽きるでしょう。

一方の中上健次。
柳町光男(大好きです)が監督した「十九歳の地図」は、新聞配達をしながら自分の書いた地図をもとに脅迫電話を掛け続ける少年の鬱屈した青春と生きざまを描いた傑作でした。

そして同じく柳町光男が監督し中上健次自身が脚本を書いた「火まつり」は、熊野を舞台に、中上健次が常にテーマとした「血と地」への回帰を真っ向から表現した快作で、何度も新宿の映画館へ通いました。

しばらく前には中上健次中期の傑作「千年の愉楽」が、何と若松孝二監督で映画化されると知って驚愕し、すぐに長野市の映画館に飛び込んだものでした。

村上龍の作品で私が個人的に一番好きな「コインロッカーベイビーズ」。
高校時代に一気読みした時は、何と最後の10ページがバラバラに綴じられたいわゆる「乱丁」で、続きが読みたい一心で上田図書館へ自転車を走られた事を思い出します。
この作品が映画化されたらどんなに凄いだろうと思いを馳せたのですが、実現される事はありませんでした。

中上健次は、芥川賞をはじめとして数々の文学賞を受賞した初期の連作集「岬」や「枯木灘」を映画化はさせないと、生前に明言しています。
たとえ映画化されたとしても、この重厚かつ極めて複雑な人間関係を映像で描き切るのは、監督の手腕が問われることになるでしょう。

今回も思いつくままに書きました。
中上健次はもちろんですが、村上龍も私に大きな影響を与えた、どちらも私にとって欠かせない小説家です。

書架の一角から

2020.07.04

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私の書架の中上健次コーナーです。

3回前のブログに掲載した、中上健次を相当読み込んでいる「べじた坊」の石垣さんに送るために撮った1枚です。

上段の本の前にあるのは、中上の生地であり幾多の小説の舞台にもなった紀伊半島新宮市で毎年2月に開催される「火まつり」において男衆が手に持つ、松明(たいまつ)のミニチュアです。
実際に「火まつり」で使われる本物の松明もあります。
どちらも妻と新宮を訪ねた時に、新宮市観光協会の方から贈られたものです。

「殊類と成る」ふたたび

2020.06.26

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12月に投稿した以下のブログ。

http://www.wadaryu.com/blog/archives/701.html

この時取り上げた、女優やまおきあやの舞台「殊類と成る」が、このたびDVD化されました。

どうしても行けなかった私は早速本人に連絡をして注文。
すぐに届いたDVDを、包装を解くのももどかしく会社の事務所のノートパソコンで再生し、やまおきあやが躍動するその舞台に大いに心打たれたのでした。

そしてもうひとつ感動したのが彼女直筆の手紙の封筒。
写真の左ですが、分かりますか。

そう、「和田龍」と書いてあるのです。

実はこれ、やまおきあやが「肌画」と呼ぶ、彼女が即興で描くボディペイントなのです。

普段は差し出された腕や手の甲に彼女がすいすいと筆を運び、文字通り「肌画」が描かれていくのですが、最近は「肌」に留まらず、例えば「酒縁女優」の呼び名に相応しくお酒のラベルデザインも手掛けるようになりました。

そんな彼女が、私が知り合うきっかけにもなった「官能小説『花鳥籠』朗読会」を、7年ぶりに吉祥寺の「居酒屋Kon」で6月28日に開催するとの事。
興味がある方はアクセスしてみてくださいね。
妖艶さに虜になること請け合いです。

「AKIRA」光臨

2020.06.17

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新型コロナによる規制が少しずつ解け、映画館での上映も再開され始めた中、「AKIRA」を22年ぶりにスクリーンで観るために、平日の最終回に近くのTOHOシネマズ上田まで足を運びました。

人気(ひとけ)の少ないガランとした静かなロビー。
チケットを買って館内に入ろうとすると、モギリ(古い?)の女性はフェイス・シールドにビニール手袋の完全装備。
差し出したチケットを受け取ることもせず一瞥だけすると、言葉もなく目の前のデジタル温度計で熱を測れと促します。
温度計がうまく作動しないでいると、ようやく小さな声で「少し後ろに下がってください」と促し、「36.2」の数字を確認すると黙って自分のブースに戻ります。

この状況下で接触を避けようとする気持ちはよく分かります。
とてもよく分かるのですが、感情の交流が途絶えた別世界に来たような違和感は拭えません。
これからどんどんこのような無機質なシーンが増えるのでしょうか。
そんな複雑な思いを抱きながら、座席に腰を落ち着けました。
ちなみに観客は私を含めて5人でした。

そしてそして、「AKIRA」は凄かった!
22年という時間を感じさせない圧倒的な映像美とストーリー展開。
そして「4K」によるビジュアルと音の驚くべき迫力。
まさに大友節全開の傑作でした。

それにしても1988年に公開されたこの映画。
2019年のネオ東京を舞台に、2020年に開催予定の東京オリンピックが開催不可能になるという、あまりに現在を予知し抜いた舞台設定にも鳥肌が立ちますよね。

私はDVDも持っていますが、「4K」版を映画館で観てよかったとつくづく思いました。
そして興奮した勢いで「ブルーレイ 4Kリマスターセット」まで注文してしまいました。

写真は2012年に開催された「大友克洋 GENGA展」(これも凄かった!)に展示されていた、映画に登場する「金田バイク」のレプリカです。

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