記事一覧

修業時代

2020.11.14

電話やメールでの安易な営業があとを絶たない中、時折訪ねてくる足を運んでの飛び込み営業には、その労をねぎらって、買う気がなくてもつい話を聞いてしまいます。

それは私も修業時代、大阪の街を飛び込み営業させられた経験があるからです。

東京の大学を卒業後、私は大阪へ移り住みました。
酒販店の跡取りが全国から集まる、専門の学校で学ぶためです。

そこでは各々の専門分野の講師が、日本酒・ワインから始まってあらゆるお酒の知識や、お店を営んでいくのに必要な経営学を日々教えてくれました。

中には、プロのバーテンダーを呼んでのカクテルの講義や、デザイナーを招いてのPOPの講義なんてのもありました。

そんな中に「セールス」の講習がありました。

講師は、とある分野でセールス日本一になった事もあるプロの営業マンでした。
威風堂々としたそのいでたちからは近寄りがたい独特のオーラが出ていました。

その講師はまず座学で、我々に「購買心理の七段階」なるものを紐解きました。
そしてそれを諳(そら)んじて言えるようになるまで、何度も何度も大声で復唱させられました。

その「購買心理の七段階」を全員がようやく暗記できるようになった翌日、教室のテーブルにはたくさんの醤油のビンが並んでいました。

「みんな、『購買心理の七段階』を暗記できたと言ったよな。では今日は実践だ。『購買心理の七段階』を使って、この醤油を飛び込みで売ってこい。POPやチラシは使用不可。すべて言葉だけで売ってくるように」

そのひとことのあと、我々は大阪は千里の野に放たれたのでした。

たった数本の小さな醤油。
これが売れません。

インターホンを押しても、要件を話すと軒並み門前払い。
しかもここは大阪。
断りの関西弁がきつくて、そのたびに凹むこと数知れず。

それでも段々とコツが掴めてきて、一軒家はインターホンから玄関までの距離がネックで、まず開けてもらえない。
狙うはドアの隣にインターホンがあるマンションやアパート。
気持ちが折れそうになりながらも押しまくりました。

手元の醤油が無くなったのは、午後もだいぶ経った頃でした。

でもその日、真摯に私の話を聞いて下さった方々、そしてたった数百円の小さな醤油を買って下さった方々への感謝の思いは今も忘れません。

ちなみに生徒全員が1日ですべて売り切って帰ってきたのは、この年が初めてだったそうです。

この学校は1年間の講習を終えると、翌年1年は自分のお店の形態に類似した酒販店へ、住み込みで丁稚奉公に行くシステムでした。
そして酒蔵である私は自ら希望して、当時は王子にあった国税庁醸造試験所に講習生として住み込むことになるのです。